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zoom RSS 鍵と鍵穴〜プロレスの入り口?〜

<<   作成日時 : 2007/01/10 23:42   >>

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当ブログも参加させていただいたBLACKEYE2さま主催『ネット・プロレス大賞』の集計結果が発表されました。
ブラックアイさま、ほんとうにお疲れ様でした。
そして、楽しく有意義な企画をありがとうございます。
ぜひ、今年もよろしくお願いいたしたいなぁ〜なんて(笑)。
詳しくはBLACKEYEさまのブログを読んでいただくとして。

主催者さまも総括として触れられているように、各賞とおしてドラゴンゲートにほとんど票が入らなかったというのが興味深いです。
ファン投票で決まる日刊バトル大賞でも、「支持する団体」の1〜4位に名前がなく、4位のハッスルが支持率4%と発表されているので、それ以下であることが確実なのですが、この結果を見たときもう〜んとうならされました。
いつ会場に足を運んでもぎっしり満員。PPVを見てもいつも満員。あれだけ観客動員力がある=ファンが多いドラゴンゲートと、この投票結果が結びつきません。
ここからは全くの推測ですが、考えられる可能性としては、これらの企画自体を知らない人が多かった、あるいは知っていても投票行動にいたるほどの興味を持たない人が多かったというあたりかと思われます。飛躍かもしれませんが、どらげーファンの中には、どらげー以外の幅を含む「プロレス」情報に関心を持たない層がかなり多く含まれているのではないかと推測されます。もちろん、どのプロレス団体にもその団体にしか興味のない人もかなりいらっしゃるとは思いますが、どらげーではそういう人の割合がかなり高いのではないかと。つまり、ある程度“プロレスというもの”に対する興味の幅がある「プロレスファン」の集合と、「どらげーファン」の集合が交わる部分というのはけっこう狭くて、“プロレスというもの”には興味はないけどどらげーは大好きというファン層の面積が大きい。もしかしたらドラゴンゲートとはそういう特徴を持った団体なのかと思います。
新聞が売れる話題を提供しているかどうかが選考に大きく影響していると思われる東スポのプロレス大賞がこれまでドラゴンゲートを無視してきたかのように見えるのも、どらげー記事ではスポーツ紙が売れない、という判断があったのかもしれません。ファンが少ないからではなく、「スポーツ紙を買う」ファンが少ない…という予測か経験が。今年ついにCIMAが受賞したのも(※技能賞というのが微妙だが…)、鎖国団体と思われていたドラゴンゲートが「開国」したことで、他団体との絡みにおいて今後は「ネタ」になっていくという予想があったのではないかとか邪推してしまいたくなります。
それはそれとして。もしもドラゴンゲートが“いわゆるプロレスファン”とは違う独自のファン層を形成しているとしたら、これはかなり凄いことだと思います。多くの団体が「プロレスファン」という限られたパイをみんなで奪い合っているのを尻目に、どらげーだけは悠々と自前のパイをひとりで食べているようなものなのだから。
いったいドラゴンゲートがいかにして自前のファン層を形成し得たかについては、一に「商品」としてのどらげーのプロレスそのものの魅力があるのだと思いますが、それだけではなく、その商品を売っていく「商売」の方法論に踏み込まなくては解明できないのではないかと想像しますが、正直、それ以上のことは全くわかりませんし想像もつきません。

長々と妄想を膨らませましたが、ここまでは前フリです(それにしては長すぎ…)。

時々私は「プロレスの入り口」ということを考えます。
今現在プロレスファンと自覚している人たちには、過去においてそれぞれプロレスファンになるきっかけがあったと思うし、私の場合は、何度も書いていますが、馬場全日本であり三沢光晴選手なのです。そこを「入り口」として様々なプロレスに興味を広げた結果とりあえず現在に至りました。
そういう経験則からして、プロレスに触れて何かを感じた人は、どこが「入り口」であってもそこから踏み込んで広くプロレス世界を旅するようになる…という無意識の思い込みがありました。
だから、プロレスをもっと世間に広げる、プロレスファンを増やすためには、とにかくそれがどんなものであっても「プロレス」の範疇にあるものを世間に提示すればよいのだと考えていました。そうすれば、やがて「入り口」から入った人が次々と色々なプロレスを訪ね歩くようになり、プロレス界自体が活性化するのだと。もちろん、その過程で淘汰が行われるにしても。
けれど。ほんとうに「入り口」はどこでもいいのでしょうか。
現に、ドラゴンゲートのように入った人がそこから動かない(ように思われる)「入り口」が存在しています。
そして。私はもうひとつの私自身の経験を忘れていたようです。
馬場全日本でプロレスの入り口をくぐった直後から、同じく地上波放送が行われてきた新日本プロレスも私はずっとTVや雑誌で見てきました。地元では年に2回行われる大会にもほとんど会場に足を運んでいます。新日本プロレスの黄金期である闘魂三銃士の時代をリアルタイムで体験・記憶している世代です。にもかかわらず。私は一度も“新日本ファン”だったことがありません。ジュニアやG1で感動したことはあるのですが、どうしても私には「新日本のプロレス」が響いてこないのです。いや、新日ファンの方は気を悪くされるかもしれませんが、それは新日本のプロレス自体の問題というよりも、主に私と新日の相性の問題なのだと思います。
つまり、何が言いたいかというと。
もしも。私が最初に触れた「プロレス」が新日本プロレスだったら、今の私はあるのかどうかということです。
新日本を「入り口」にしても、結局馬場全日本や三沢選手にたどり着き、同じ経過を辿ったでしょうか。
あるいは、そのまま新日本ファンになったのでしょうか。
さらに言えば。プロレスファンになっていたでしょうか…。
これは私に限った話ではなく、逆に今現在新日ファンの人が、最初に触れたプロレスがその当時の全日だったら、全く同じ問いが成立するだろうし、誰にとってもこの“もしも”は存在すると思います。
“もしも”に答えなどありませんが、こういう風に考えると、「入り口」がどこでもいいとは単純に思えなくなるのは確かなことです。
というよりも。
プロレス団体やプロレスラーが「入り口」なのではなくて、彼らは扉を開ける「鍵」であり、私たち自身がそれぞれに特徴ある「鍵穴」がついた「プロレスへの扉」を持っているのではないでしょうか。
「鍵穴」を持たない人ももちろんいる。
そういう人にはどんな「鍵」を差し出しても無駄になるのは仕方のないことです。
そして、せっかく一つか二つかわかりませんが「鍵穴」を持っている人に、ぴったりとは合わない「鍵」を差し出したとき、何が起きるのでしょうか。
現在のプロレスは私がプロレスファンになった十数年前とは比べ物にならないくらい多様化しています。
「入り口はどこでもかまわない」という考え方は、独特の形が刻まれたたくさんの「鍵」ではあっても、そこには全てに共通する“プロレスの普遍性”を表す刻み目があるという信頼に基づいています。だから、どんな「鍵」であっても「鍵穴」さえ存在していれば扉はそれなりに開くし、開かれた者は同じ刻み目を持つ違う形の「鍵」を次々と求めるようになるのだと。
けれど。今プロレスのカテゴリにくくられているもの全てに共通する因子というのは存在しているのでしょうか。
仮にあったとして。それはひとりひとりのプロレスファンにとって大切なものなのでしょうか。
ドラゴンゲートのファンが「入り口」から動かないように思えると書きましたが、それはどらげーファンに限ったことではないと私は思います。
様々なプロレスに興味を持ち、それぞれに楽しんでいる私ですが、「入り口」であり「鍵」であった馬場全日本→NOAHから離れたことはありません。実際、今のNOAHはつまらないと思うこともありますが、おそらくこれからもNOAHファンであり続けると思われます。それは、NOAHに“プロレスの普遍性”が存在しているからなどではなく、私にとって大切な何かをNOAHから感じているからです。
同じように、多くのプロレスファンが自分の「定点」を、自分だけの感性に従って定めているのではないかと想像します。カチリと回る「鍵」としてのプロレスに。

……。
何が書きたかったのか、何を考えていたのかわからなくなってきました(汗)
今日はもう寝ることにします。

<いいんちょーのひとりごと>
ここまで読んでくれた方々へ。意味不明で、ほんと、すみません…(汗)。



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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
長くプロレスファンを続けている人は目の前の出来事を「面白がる」能力が他の人よりも優れているんだと思います。最近はプロレスファンの「面白がる」能力に頼ってる団体や選手が多いかも…。批判ばかりするより積極的に楽しんだ方が有意義に違いないけれど、理屈を超えた「感動」や「驚き」を団体や選手が与えてくれるのが理想ですね
あいのり
2007/01/11 01:13
入り口:燃える闘魂→経由:K-1→現在地点:
NOAHですが、何か?
「木を見て森を見ず」じゃ人生の楽しみ半減かなぁ〜とも思いますが、好きな木だけを見つめ続けるのも人によっては楽しみなのでしょう。ただ個人的には森を大きく眺めた上で、いろんな木を探して楽しみたい、そんな風に思います。森もひとつじゃないですしね。扉の数が多いほど、その向こうで待っているものも色々あるんじゃなかろうか?と。
海猫屋
URL
2007/01/11 18:35
いいんちょーさんの言いたいこと分かります。
私も「入り口」全日本ですが、天龍さんの
離脱がなかったら、こんなに広がらなかった
ような気がします(反省こめて)
ドラゲー「入り口」さんの目も、選手の「離脱」
で意外と広がるような気がするのですが・・・
それがいいのか悪いのか分かりませんが・・・
みどり
2007/01/11 19:20
はっきり言って、他のスポーツにせよ何にせよ、映画や小説やマンガや音楽にしたって、「なくても生きられる」。
「なくても生きられる」けど、あると人生がより豊かになる。
そんなものの一つとして、私はプロレスを認識しています。

その中での好きずきとなると、もう感性の問題としかいいようがないですね。間口の広い人も狭い人もいるでしょうし。

因みに自分は、蛍光灯デスマッチのようなのや、お笑いやタレントが出るはちょっとな、という間口の狭いプロレスファンです(笑)。
よみ
2007/01/11 19:37
前にも書いたんですが、自分のプロレスの入り口は、中西と村上。変わってるでしょうね。でもこの2人がいなかったら、今現在、毎週のプロレス番組を楽しみにしている自分はいなかったと思います。(あるいは、K-1、PRIDE専門かも)。
いいんちょーさんと逆で、自分は「ノアファン」になれません。ノア、または全日では、自分のプロレスの扉は開かなかったと思います。
感性で、最初に新日本に触れることができたから、今自分は堂々とプロレスファンを名乗れるんだと思います。

え、えーっと、いいんちょーさん、もっと自信持ってください。意味不明ではありませんので!
なお
2007/01/12 15:51

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